個サルやフットサル合コン等を大阪で開催中の「サルスケ」では女子、初心者が主役! | フットサルの歴史

個サル屋サルスケ
「サルスケ」は大阪を中心に個サル(個人参加型フットサル)やフットサル合コンを開催中。女子や初心者の方、チームでの参加も大歓迎!!

フットサルの歴史

個サルやフットサル合コン(サルコン)でフットサルの歴史を語ればフットサル女子もイチコロ!!??

フットサルの始まりと言われている二つの説があります。

一つ目の説がインドアサッカーといわれる、サッカーの母国でもあるイギリスで発祥し、欧州、オーストラリア、アメリカ等を中心に広まった競技です。インドアサッカーは、サッカーで使用されるボールと同じものを使用し、壁を使ったプレーが特徴です。競技の名称や、ルールは各国バラバラで様々なルールや名称がある中、オランダのザールという名称で呼ばれる競技を元にUEFAがインドアサッカーのルールを統一しようとし始めます。こうしてインドアサッカーが世界的な広まりをみせた為、FIFAがルールを統一させようと動き始めます。 1989年には、オランダで史上初の世界大会が、第2回大会が香港で開かれ、その頃からFIFAとFIFUSAがルールを、統一させようと動き出し1994年にルールを統一させました。その時に競技名を「フットサル(FUT SALL)」と改めました。 もう一つの説が、サロンフットボールと言われる南米を中心に行われている競技があり、それが元となってフットサルができたという説です。サロンフットボールは、ウルグアイで1930年に考えられたもので、ブラジルでも同様のものが考えられました。サンパウロでサロンフットボールの初めの統一ルールが出た後、南米全域へと広まっていきました。 1961年には、国際サロンフットボール連盟が設立されました。 1965年には、南米選手権が開催されると1979年まで続けられました。 1982年には、サンパウロで世界サロンフットボール選手権が開催され、後にそれが世界フットサル協会となりました。

日本のフットサル

日本では、日本サッカー協会と日本フットサル連盟によってフットサルは、統括されている。 日本フットサルリーグが日本の全国リーグとして行われており、ナショナルチームは、アジアではイランに次ぐほどの実績がある。

日本でのフットサルの歴史

1970年に日本にきていたブラジル人サッカー選手からのアドバイスを受けミニサッカーとして始まると、1973年にミニサッカー選手権サッカーが開催され、 1977年には、日本ミニサッカー連盟が発足。後に傘下に9地域のフットサル連盟と、都道府県のフットサル連盟を有するフットサル連盟となる。 1976年には、8人制による女子ミニサッカー大会がも行われており、これが後に現在の、なでしこリーグへと形を変えていった。 1989年、フットサル日本代表が初開催された、第1回FIFAフットサルワールドカップが開催されグループリーグ敗退ながらもフットサル日本代表が出場。 1990年代フットサル人口が増え日本全国へと普及していくと、1994年には日本ミニサッカー協会がミニサッカー委員会の設立を行い、9月にはフットサル委員会と名を改め全国へフットサルを普及させようと取り組み始めると1996年に第1回全日本フットサル選手権大会が開催される。その後、少年、U-15などの大会を、通し子供達へと広まりつつ女子大会の開催で女性に多く広まった。 2004年には台湾で開催されたFIFAフットサルワールドカップにフットサル日本代表が出場しグループリーグ敗退。 2006年4月には、日本初のプロ・フットサルクラブ「大洋薬品/BANFF(名古屋オーシャンズ)」(本拠地:名古屋市)が誕生した。その5月には、フットサル日本代表がアジア選手権にて初優勝を飾る。 2007年の5月に日本の大阪市、尼崎市にてアジア選手権が開催され、この時フットサル日本代表は準優勝。 2007年9月には、フットサル全国リーグ「日本フットサルリーグ」が開幕した。

フットサルのポジション

サッカーとフットサルでは競技人数もコートの大きさも違います。そのためポジションの名称も役割もまた、フォーメーションもフットサル独自のものとなります。フットサルのポジションやその役割を知ることでフットサルがより楽しめるようになります。フットサルのポジション名は、ポルトガル語で呼ばれています。